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【OBU Legend 列伝】音楽とバイオリン、そのすべてを愛した男

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鈴木バイオリン製造

鈴木政吉さん

アインシュタインが称賛した職人技。
音楽とバイオリン、そのすべてを愛した男。

レジェンドたちの努力と情熱が大府を、そして世界を変える!

大府の偉人たちに迫る「OBU Legend 列伝」。

今回は「鈴木バイオリン製造」創始者の軌跡をたどります。

日本のバイオリン王、その軌跡


「情熱とひたむきさ」。鈴木政吉さんから浮かび上がるのは、職人として、また研究者としての飽くなき探究心。先駆者としての歩みがそれを物語っています。

独学でのバイオリン作り


時は明治。文明開化の流れを受け、家業の三味線作りに危機感を抱いた政吉氏は、バイオリンとの運命的な出会いを果たします。

優美な美しさ、柔らかな音色、西洋で二百年も前から演奏される格式。そのすべてに魅了され、和製バイオリンをただ一夜だけ借り受けると、徹夜で模写し、なんと一週間で完成。

これが「鈴木バイオリン製造」の始まり。
この第一号バイオリンは現在も大府の工房で大切に保存されています。

いい物を安く!世界的楽器メーカーへ

「これが天職かもしれない」

そんな想いに駆られてバイオリン製造に熱中し「いい物を安く作ろう」と大量生産を模索した政吉氏。

博覧会で評価を得つつ、あらゆる製造課題にも粘り強く立ち向かい、やがて世界的楽器メーカーへと成長を遂げます。

工場の最盛期は従業員数1,000名を超え、毎日500本のバイオリンが量産されました。

その音色に魅せられて

息子たちに経営を引き継いだ後も、大府分工場の済韻研究所で音色を研究。

その職人技はアインシュタイン博士の目にも留まります。
音楽を愛し、研究を重ねた音色が、海外の音楽家や著名人にも認められた。その喜びはいかばかりだったでしょうか。

時は流れ令和3年春、「鈴木バイオリン製造」は名古屋からかつて工場を構えた縁の地・大府へ移転。
生涯研究に没頭した政吉氏の情熱は、今後も脈々と受け継がれていくのです。


アインシュタインからの礼状。音色の美しさを絶賛しています。

Profile

鈴木政吉(すずきまさきち)

1859年名古屋市生まれ。日本のバイオリン王。三男・鎮一が音楽教育法「スズキ・メソード」を確立。自身は1944年、84歳でその生涯を閉じる。

その功績をたたえて作られた政吉氏の胸像は、大府への本社移転に伴い、愛三文化会館に移設されました。


鈴木バイオリン製造株式会社

住所 / 大府市桃山町二丁目23-1
電話 / 0562-57-5245
WEBサイト / https://www.suzukiviolin.co.jp

(KURUTOKO11号 2021.12発行より抜粋)